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  • 三宅 玲子

「人の苦しみや心の痛みに添えないなら、本屋をやる意味はない」       


8月23日、3人の書店主が揃ってオンラインの会(三省堂書店めくる塾)にお出ましくださり、「令和型書店の技」をうかがいました。

留萌ブックセンター@留萌市、高久書店@掛川市、総商@広島県庄原市。

3店は揃って、人口が少ない町にあります(留萌市2万人弱、庄原市3万人弱、掛川市11万人)。

オンラインでも同じ商品が買えるけれど、足を運んでこの店で買いたいと思わせる場所が成立している背景に、3店とも来店客と丁寧に関係を築いていることが、改めてわかりました。ですが、それ以上に語られたのは、本屋という場所の本質的な力でした。

80分の鼎談が終わってみて、私は、もう一度、自分の書いた本の意味を教えられるような思いがしています。本(『本屋のない人生なんて』)では、彼らの技術を取材しながら核心に近づいていったプロセスを記しました。ところが、この夜、お話をうかがっていて、書店主の方々が書店業を営む順番は逆だったのだともう一度知ることになりました。彼らは、本のある場所の力を知っている、だから、技術を深め、研ぎ澄ませ、本のある場所に人々を引き寄せるたゆまない工夫を続けてこられたのです。

本稿ではそのことを振り返りながら記しておきたいと思います。

 

◉本屋は心にとって安全な場所

高木さんは、こども時代、伊豆半島松崎町のまりや書店で、いつまでも本を読んでいていいという書店体験をし、また、多感な時期に、まりや書店で出会った本に救われたことから、本を自由に手に取ることができる空間が人の人生を支えるという確信を持っていました。

 

だれでもいつでもいくらでもいていい、心にとって安全な場所として、書店を運営するという強い思いを話されました。

 

留萌ブックセンターでは、市立留萌図書館と連携し、こどもスタンプカードの活動をしています。図書館か留萌ブックセンターにくると、借りたり買ったりしなくてもスタンプを押してもらえて、10個貯まったら、楽しいプレゼントがもらえるというもの。こども時代に本のある場所をしっかりと身体で覚えてほしいからだそうです。「本は生きることを支える。本に助けられるときが必ず訪れる」と知る大人からの、留萌のこどもたちへの贈り物のように思えます。

 

お二人は、車に本を乗せて、本のない地域に届ける活動にも取り組まれています。高木さんは、無書店地域のお子さんの中に、図書カードを持っているのに、どうやって使ったらいいか知らないお子がいることに衝撃を受けます。新品の本に手を伸ばして触ってみるという体験をしたことのないお子は、最初、どうしたらいいのかわからないこともあるそうです。今さんは、移動販売先でいくら待っても子どもたちが来ないので、空振りだったかなあと思っていたところ、午後になって、大人に連れられてきた子どもたちがわーっと群がるように本の周りに集まり喜ぶ姿に、この笑顔が何よりの報酬だと思ったそうです。


 

なぜ、小さい人たちを大切にするのですか?と尋ねたときのことです。

「小さい人、というとこどもたちを連想しますが、それはこどもたちをさしているだけではないと思うんです」

と、佐藤さんが話されました。

「僕は、小さい人というのは、声を小さくされた人たちのことでもあると思う。僕らは、そういう人たちを大切にできなかったら、本屋をやっている意味がない」

弱い立場に押し込まれた人たち、声を小さくされた人たちを大切にする、それが本屋なのだと。

 

そして目下、総商さとうのスタッフの間で頭を悩ませている、ある来店客との問題をお話されました。詳しくは控えますが、うかがっていると、その人が連日行っているのは、一般的にはカスタマーハラスメントと分類される類の行動でした。総商さとうの書店員が、訪れる人たちの求めや気持ちに添うことを徹底している日々については、本で紹介した通りです。ところが、その彼らでさえ向き合えないようなことが起きているのが、佐藤さんのお話からうかがわれました。そしてたまりかねたスタッフの間から、警告を出してはどうか、といった声があがりました。そのとき、佐藤さんは、あの人は何かに苦しんでいるように見えるよ、とスタッフに伝えたそうです。心が満たされている人はそのような行動はしない、心の中に何か自分では処理できない難しさがあって、自らを傷つけている人なのではないかと。総商さとうでは、現場のスタッフが話し合って方針を決めていくボトムアップの店づくりをしているので、彼らが佐藤さんの言葉をどう受け止めるのか、また、どのように方針を決めるのかは、彼らに任せているとも話されました。

 

人の苦しみや心の痛みに添えないなら、本屋をやる意味はない、という佐藤さんの言葉は、逆に、本屋という場所の本当の強さを考えさせるものでした。

 

そもそも、そういう人たちのためにこそ本はあったのではなかったか、

生まれたときからこの世を旅立つまで、人の一生に添い続ける、それが本でもある、

と佐藤さんは言います。

だから、本を手渡す場所である本屋が人を大切にしなくなったら、本屋である意味がないと佐藤さんが話されたとき、高木さんと今さんが画面越しに深くうなずかれるのが見えました。

 

◉地域に応援される

留萌市は2010年に無書店地域になった町です。その直後、市民の猛烈な誘致運動によって、留萌ブックセンターが誕生し、その後13年にわたり、ボランティアチームが運営を支えてきました。

書店という民業をボランティアチームが支え続けているのは、地域の人たちの心の安全基地が、二度となくなってほしくないからでしょう。

 

庄原市の旧庄原地区は、昨年秋、無書店地域になりました。そして、総商さとうが旧庄原地区の人たちに求められて出店を決断するにあたっては、地元の不動産会社や信用金庫、商工会議所が出店のハードルを下げるサポートをしました。地域の人たちから応援されての出店は、まさに留萌ブックセンターと同じです。佐藤さんはおよそ300人から「本屋をつくってくれてありがとう」と声をかけられたそうです。

 

高木さんは、シニア世代から「ボランティアで本を届ける手伝いをしたい」と相談を受けることがあるそうです。無書店地域にはたくさんある空き家を活用してシニア世代が本を手渡すというアイデアは、遠からず実現できるだろうと高木さんは言います。

 

◉『まちづくりとはこのような活動をさす言葉ではなかったろうか』

今春、経済産業大臣直轄の書店復興プロジェクトが発足したことが話題になりました。

留萌ブックセンターは行政との連携でも先進的な取り組みをしてきました。2011年7月の開業以来、毎月、北海道留萌振興局や市立留萌図書館、そして応援し隊とお店の4者で、会議を開催し、その数は150回を裕に超えています。

地域の人たちが誘致した本屋は、行政とも組んで、たゆまず手を動かし、試行錯誤しています。それは例えば、公の補助金を使った、留萌ブックセンター限定のこども対象のお買い物券の発行といった、具体的な支援策にもつながっています。ですが、行政は、上からではなく下から支える関係に見えます。本にも書きましたが、留萌市が無書店地域になった2010年12月、最初に行動したのは、留萌振興局に赴任していた北海道庁職員でした。つまるところ、行政と組むなどのやり方も、個人の思いがなくてはだめだということを、留萌の人たちの道のりは教えてくれています。

上からばら撒くのではなく、下から支えあげる、そうやって本屋を応援するつながりが生まれていった、それが留萌方式でした。『まちづくりとはこのような活動をさす言葉ではなかったろうか』と、牟田都子さんが評してくださった。そして、これから庄原市では本屋を真ん中にしたまちづくりがはじまろうとしている、それがほなびなのでしょう。

 


◉本という商材の本質は

本という商材の本質、つまるところ、人生を支える商品を取り扱っているという原点に立ち返ることこそが、本屋の再生の一歩なのだと、3人の書店主が現場の取り組みから示された80分でした。

 

『本屋のない人生なんて』の追い込みをしていた2023年は、私も本に助けられる体験を深めた1年でした。『本屋のない人生なんて』と並行して、ある困難な取材を長期間をかけて行っていました。取材を尽くしたうえで、最終的に、書くものに対する責任をとるというときに、前進する励みとなったのは、先人や同時代を生きる人たちの記した本でした。

著者たちが存在を賭けて記した本たちの集積された本屋という場所は民主主義の岩盤なのだと沁みる思いがした、そのことをちらりと後書きに記しました。

 

この星に生まれていずれ消えていく運命にある私たちが、いつか地上から旅立つときに温かい気持ちにさせてくれるものは、人との交わりの記憶に尽きるのではないかなと思います。仕事や人との関わりについて、もう一度点検する機会も差し出してくれた鼎談でした。


改めて、暮らしている場所にまだ本屋があることのありがたさを感じ、大切に足を運ぼうとも思ったことでした。そこには心にとって安全なひとときがあるということを、もう一度噛み締めたいなとも。


 

写真説明(上から順に):

  1. 高久書店の「走る本屋さん」

  2. 留萌ブックセンターで行われている、こどもがこどもに読む「おはなしかい」

  3. ほなびの開店当日

  4. 高久書店2階の、だれでも自由に過ごせる場所

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